2016.08.04
パリからTGV(新幹線) に乗って約2時間40分、アヴィニョン駅に降り立つと、そこはもう別世界だ。気温は30度を優に超えているが、からっと乾燥した地中海性の風が肌に心地よい。じりじりと照りつける太陽、ミーンミーンと耳をつんざく懐かしいセミの声! (フランスでは南仏にしかセミは生息しない) 緑鬱蒼とした、そんな場所に社会的弱者を自立支援するNPO「ジャルダン・ド・コカーニュ」が運営する『Semailles (スマイユ) 』がある。ここでは、ありとあらゆる境遇の人たちを受け入れてビオ農業を実践させながら野菜を栽培し、それを近隣の住民に販売している。働く人たちのなかにはDV(ドメスティックバイオレンス)の被害者もいれば長期失業者、軽犯罪もいる。しかし、みんな美味しいビオ野菜を作ろうという共通の目的に向かって汗水流している。そんなジャルダンの取り組みを視察しようと、去る7月25・26日の二日間、日本から法務省関係者が訪れた。
犯罪者の再犯防止は世界中の司法関係者の共通の願いだ。彼らが更生し自立した”社会力”を身につけることが再犯を防ぐための唯一の手段であることは間違いない。日本を含めフランスでも大方の施設では受刑者たちは一カ所にまとめられて労働したり、刑務所内で様々なスキルを身に着ける機会を与えられるなどして”隔離”しながら出所後に向けた準備が進められている。しかし、スマイユではこうした人たちも”失業者のひとり”として捉えており、他の弱者たちと一緒に労働させることにより働くことの意味を理解してもらおうということに重点を置いている。
この政策の背景には「失業問題はみんなで考えねばならない問題」(Le chomage est une affaire pour tous!)という考え方がある。人口6600万人のうち650万人が求職中(2014年度)という恐ろしい数字が示しているように、失業対策はフランスが国として取り組まねばならない最も深刻な喫緊な課題ともいえよう。そのためには国や県、地方自治体、民間企業、国民一人ひとりがひとつになり、それぞれができることで連携しながら同じ目的に向かって解決策を模索していこうという連帯感が求められている。司法省もその一環という位置づけだ。
そんな国のメッセージを受けてスマイユではマニフェストのひとつでもある「老若男女・宗教を超えたあらゆる弱者をひとつに束ねることで彼らの社会復帰を実現させよう」という考え方に基づいて運営されている。違う立場におかれた人たちを混合し共生させることにより今までとは違った視点で社会を捉えることが可能になる。そんな考え方に基づいて誕生した社会をフランスでは「ミキシテソシアル=多様性のある社会」と呼んでいるが、今フランスではこうした考え方が社会形成の根底にあり主流になりつつある。それは今まで自由・平等・博愛精神のもとに世界中の多くの社会的亡命者たちを受け入れてきた歴史があるからだ。
しかし現在のヨーロッパを見るとどうだろう。難民・移民が膨れ上がるにつれ、またテロ事件の多発などから人々の寛容性が徐々に失われ、民族の多様性に対する警戒感が強まっている。自分と違う者を排除する社会、これからますます内向きになり、孤立し閉鎖的になっていく未来に危機感を抱くのは私だけではないだろう。
写真 日本からは法務省大臣官房秘書課政策評価企画室長補佐官をはじめ訟務支援対策官が訪れた。スマイユの所長ジョージアンヌさん(左端の赤いシャツの女性)のお声掛けで、アヴィニョン市のあるヴォークリューズ県の刑務所所長、PACA州(Provence-Alpes-Côte d’Azurの略)のSPIP局長(再犯防止・更生局)、アヴィニョン市長補佐、地方自治体関係者などなど、たくさんの方たちとの懇談会が実現した。