2017.05.29
「オオヤブ ディリーファーム」の大藪裕介さんは酪農家のせがれとして生まれた。熊本県合志市(こうしし)という日本でも有数の酪農の盛んな地域で、地元熊本の飼料稲を中心とした飼料を与えた乳牛100頭ほどを飼育している。酪農業界というのは一般の人には計り知れないほどのハードルがある。それは農政や為替の影響などで生産量を10年ごとに調整しなければならないのだ。生産量が多すぎれば廃棄を余儀なくされる。しかも廃棄する場合は「産業廃棄物」扱いになり下水にも流せない。堆肥から畑土を作り飼料作物を栽培し、お母さん牛のお腹に命が宿ってから一滴の牛乳が生産されるまでに3年かかる。そんな生産調整を体験した大藪さんは『選ばれる生産者になることこそ、当牧場の酪農牧場としての存在意義に繋がる』と一大決心をした。
“ミルクの違いを表現するためにヨーグルトを作ってみよう! “。そう思い立った大藪さんは一年間かけて乳製品製造許可を取得した。しかしヨーグルト作りは考えているほど簡単な作業ではない。「初めの頃は朝は搾乳、昼は畑、夕方の搾乳が終わった後で製造を開始。日付が変わった頃に片付け終わり、明け方4時に発酵状態をチェックして、朝の搾乳が始まる…という具合でした。」しかし「ヨーグルトだからこそ、わが家のミルクの乳成分の高さをクリーム層に表現することで、目で見るだけでもミルクの品質の違いを表現することができます。」
ミルク缶の形をした可愛らしい容器に入った『MILK’ORO Aging Yogurt』は大藪さん自慢のヨーグルトだ。OROとは金色のこと。すなわち「 MILK + ORO = 金色のミルク」。まるでブルゴーニュ地方のコート・ドール(黄金の丘)で黄金の一滴を作ろうとする生産者たちのようだ。グランクリュ・ワインにも匹敵するクォリティーの高さを競う。その背景には若返り成分であるオメガ3脂肪酸が豊富なジャージーミルクを使った”熟成するヨーグルト”を誕生させた。出来立てはちょっと甘くミルキーだが、徐々に乳酸菌が増えながら熟成していくと酸味と香りが増してゆく。まさに大藪さんの話を聞いていると、ミルクの生産はフランス人にとってのワイン生産と全く同じだということに気が付かされた。生産量が多すぎれば価格が下がる。そのためにはブドウの木を伐採せざるを得ない。だから手間暇かけてでも高付加価値のある物を作っていこうとする。食の未来を真剣に考えている生産者たちは世界中広しといえどもほんの一握り。大藪さんは、そんなまっとうな生産者の一人であるのは間違いない。
コケコッコー! 甲高い声があちこちから聞こえてくる。真っ赤なトサカにふさふさと生えた毛並の好い羽根、放し飼いにされているニワトリたちを見ていると、みんな健康なのがひと目でわかる。緒方夫妻が経営するエッグファームは今から40年程前、祖父の代にさかのぼる。” おいしい卵、自分たちらしい卵をつくりたい! ” そんな願いは今日にまで続いている。
はるばる隣町から車を飛ばして買いに来てくれる老紳士、ふたりがかりで大量に購入してゆく女性たち・・・みんな緒方夫妻の顔を見にわざわざここまでやってくる。店の近くには『卵の自販機』も置いてある。冷房をきかせた店内に入ると、無人の自販機の脇にはノートとペンが置いてある。購入していく人たちが自由にコメントを書き残してゆける。お客様一人一人の声を大切にしている夫妻の熱意が伝わってくる。
それでは、” おいしい卵 “の定義とはいったい何だろう?――卵を産む飼育環境はとても大切だ。そのためには「えさ」は何よりも重要な要素だ。” 鶏の健康が人の健康につながる “。 日本ではまだなじみのない「オメガ3」と呼ばれる必須脂肪酸は亜麻種子に多く含まれている。それを豊富に含む原料とした飼料を家畜に与えることにより鶏の健康を維持し、その鶏が産む卵にもオメガ3を含むという考え方だ。緒方エッグファームのパンフレットの言葉を借りるならば、「オメガ3脂肪酸とは、αリノレン酸(ALA)、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサへキサエン酸(DHA)などの総称で、人間が体内で作り出すことのできない必須脂肪酸のこと」。EPAやDHAは主に青魚や魚介類に多く含まれていることは既に知られており、日本人の食生活は魚中心なので比較的健康を維持してきた。しかし最近の食の欧米化により魚を食べる機会が減少していることから、このオメガ3はこれからいっそう注目に値する。
九州経済産業局・九州バイオクラスター協議会(KBCC)が提案する『フランス オメガ3プロジェクト』は、まさにこの「オメガ3脂肪酸」を提唱するフランスの有機農産物組合『BLEU- BLANC -COEUR――ブルーブランクール』(BBC)と連携し、世界中にアピールしていこうというもの。” 人の健康、家畜の健康、地球の健康”をコンセプトに人々の健康のために生産者から消費者までの過程を管理し、農業を発展させる「ヘルシーファーミング」をめざしている。
写真 上: 『OYABU DAIRY FARM』の大藪さん父子とフランスから来日した『Bleu-Blanc-Coeur』の国際部長のジェレミー・ルノーさん。大藪さん自慢のヨーグルト『MILK’ORO Aging Yogurt』とジェラート。下: 『緒方エッグファーム』ではニワトリに与える餌を重要視する。なかでもオメガ3を含む亜麻種子は不可欠だ。緒方夫妻を取り囲んで公益財団くまもと産業支援財団・九州地域バイオクラスター推進室プロジェクトマネージャーの森下惟一さん、同企業支援部室長の村山智彦さん、ルノーさん、通訳のラファエル=ケンジさん、そして私。