2016.10.17
” PARIS ! “という言葉を聞いただけで「行ってみたい・ステキ・お洒落・・・」と思ってる日本人は少なくない。でもこれは何も日本人だけじゃなくて世界中の人たちも同じように憧れているらしい(?!) アメリカ人やイギリス人のようなアングロサクソン系が特に顕著で、彼らの出版する「パリ生活の秘密」とか「誰も知らない私だけのパリ」などといった本は飛ぶように売れている。でも実際にパリに住んでみると街は汚いし、ストはしょっちゅうだし、最近では治安も深刻だ。でもなぜ、世界中の人たちはパリにあこがれるのだろう?
1920年代、第一次世界大戦が終わった直後からウォールストリートの世界大恐慌が始まるまでの9年間を”アンネフォル “と呼んでいる。 “狂喜の時代”。あまりにも残虐で悲惨だった第一次大戦が終焉し、人々は戦争の恐ろしさにおののき傷つき、絶望の淵から這い上がろうと笑いを求めてバカ騒ぎに明け暮れた。カフェのギャルソンたちのマラソンや自転車でフランス全土を横断するツール・ド・フランス、様々な娯楽やスポーツが誕生した。芸術分野ではジョゼフィン・ベーカーのような黒人のダンサーやアメリカのジャズなどがもてはやされ、一方アートの世界でもピカソや藤田、モジリアニなどモンパルナス派、またロートレックのようなモンマルトル派と二分化された。ヘミングウェーやギャツビーなどパリをこよなく愛するアメリカ人は日夜パーティーに興じ、すべてが許された時代だった。パリは空前の好景気に沸き、自由を謳歌するパリの人たちや国境を越えたあらゆる人種がひとつになり、束の間の興奮に酔いしれた。まさに狂喜の時代。そんな幻影が今でも「パリ」を支配しているのだろうか。それが世界中の人たちにパリが魅惑的な街と映る所以なのだろう。
そんな「パリをもう一度!」という訳ではないだろうが、でも観光客を呼び戻そうとパリ市長自らが音頭を取ってパリの宣伝に余念がない。でもこうして、ひとつひとつパリの職人たちの技を見るにつけ「パリをブランド化」している戦略はあながち間違ってはいない。思いもかけない「パリらしさ」に出会えるとってもパリらしい展覧会。入場無料、パリに来る機会があったら是非のぞいてほしい。――こんな、たった短い3行のフレーズなのに” パリ”という言葉を実に9回も使った! やっぱりパリは宣伝効果のある街であることだけは確かである。
写真 パリ市庁舎に併設するミュージアムで開催されている展覧会のポスター、パステル調の色合いが実にパリらしい! バッグや靴などの革製品に始まり、地ビールや自家製アイスクリーム、PARISをブランドに見立てた紅茶やチョコレート、パリ20区の水を入れるためのキャラフなどなど、著作権はパリ市が持ってるからきっと良い収入源になるのだろう。