2015.10.26
夢や冒険に向かって走り続ける人たちがよく口にする言葉に「アバンチュール・ユーメンヌ」(Aventure humaine ) という仏語がある。「人生をかけた冒険」とでも訳そうか。ここに紹介するパリ在住の食ジャーナリスト、伊藤文さんもその言葉がぴったりのひとりだ。3年前に『食会』(Shoku-è)というウェブ・マガジンを若手デザイナー、マキシム・シュニデールさんとともに立ち上げて、それ以来、数多くの取材やイベントを精力的にこなし、まさに東奔西走の毎日だ。彼女の名前は日本やフランスの料理界に少しずつ浸透し、今ではその存在を知らない者はいないといわれるほどの活躍ぶりだ。そのひたむきさと芯の強さ、フランス料理に対する情熱は同じ日本人として、とても誇りに思う。
そんな彼女が企画したイベント「LE SALON」が、去る10 月11 & 12 日の二日間、パリで開催された。会場となったビストロには著名な日仏の料理人やジャーナリスト、スタイリスト、編集者、またバイヤーと思しき背広姿のビジネスマンなど大勢の人たちで身動きもとれないほど。日本からは5社が各ブースを設けて、訪れた人たちにひとつひとつ丁寧に商品の説明を行っている。
『青芳製作所』は新潟県燕市の定評あるステンレスメーカーで、ストーンウォッシュで生み出したテーブルウェア”ヴィンテージ” がいぶし銀の輝きを放っている。またその器を使って本格派コーヒーを煎れているのは『丸山珈琲』、長野県小諸市にオフィスを構えているが東京にも数軒コーヒー店を構える。パリのエスプレッソとはまた一味違う日本的な味わいにフランス人からもお墨付き。また『英国但馬屋』は日本四大食肉卸エスフーズ株式会社の、欧州統括の販売拠点として昨年ロンドンに誕生。神戸ビーフを中心とした和牛と日本文化の認知拡大を目指している。実際にサシの入った神戸牛は口中でとろけそうだ。パリ6 区にオープンしたばかりの『鮨 銀座おのでら』と『鉄板焼 銀座すみかわ』が協賛し3種類の調理方法による神戸牛の試食。やはりその美味しさは口にするまで絶対にわからない。まずはフランス人には味わってほしいものだ。
一方『龍泉刃物』は日本刀の技法を700 年継承する越前打刃物の老舗、美しくも斬新な波紋”龍泉輪”が浮かび上がる独特な刃物に、訪れたフランスのシェフたちはもう釘づけ。そして料理といえばまずは鍋。『及源鋳造』は創業、嘉永5 年、性能とデザイン性を追求したオリジナルの鉄器を生み出す優良メーカーとして海外からの需要も高い。3つ星シェフのオリビエ・ロランジェの下でセカンドを務めていたジュリアン・ぺロダンが実際にこの鉄鍋を使ってその場でデモンストレーション。鉄による温度の高まりからカモ肉の皮と身の部分の火入れが絶妙な肉感を生み出してくれる。その場にいた全員が新しい発見に狂喜した。まさに現場ならではの日仏コラボレーションが新たな取り組みを暗示してくれる。
そんな会場の喧騒を背に伊藤さんはこう言う。「ジャーナリストとして”伝えられること”は紙面という限られた範囲でこれまでにも十分に伝えられてきたと思う。しかし産地原産の方たちに接するうちに、彼らの言葉に耳を傾け、実際にモノづくりの現場を訪ねていくうちに、別のやり方でも伝達方法があるのではないか。それが今回のLE SALONにつながったのです。」
この展示会は年2回の開催で継続していくという。TPPが合意して今後、ますますメイド・イン・ジャパンが海外でも紹介されていく機会は増えていくだろう。しかし現地の人たちのライフスタイルやニーズ、メンタリティーといったものをとことん理解している彼女のような存在があってこそ、はじめてモノには命が通っていく。そう、モノの流通というのは究極的には人と人のふれ合い、感性の交流というとても高度なテクニックを必要とするものだ。そんな意味では伊藤さんのような存在は欠かせない。ますますのご活躍を期待しています!
写真 ”ヴィンテージ” のいぶし銀の大皿を手にする伊藤文さん。彼女の大きな笑顔が日本とフランスの文化の懸け橋となってゆく。