2014.12.07
かつてフランスで大ヒットしたジャン・レノと広末涼子が共演した異色サスペンスコメディー、そのタイトルが「WASABI」といった。そう、すでに国際化されているこの言葉、パリでもロンドンでもNYでも「SUSHI」とセットになっているといってもいいだろう。人々の口を楽しませ食卓に花を添えてくれるものにこそ真の食文化交流の価値がある。こうしてひとり歩きしながらも、ここまで日本の食文化が世界中に根付く例も少ない。外国人シェフたちが一番欲しい食材でもある。
紅葉真っ只中の静岡県中伊豆、筏場のわさびの郷を訪れた。見渡す限り棚田風のわさび田が延々と続いているその光景は日本の原風景そのもの。周りは鬱蒼とした森に囲まれており生物多様性をリスペクトした静かな光景はまるで別世界にいるようだ。筏場のHPの言葉を借りるならば「この地でわさびが栽培されたのは延享2年、1745年頃、上狩野村(現在伊豆市湯ヶ島)の農家に生まれた板垣勘四郎が静岡の安部郡有東木村から苗を譲受け、天城山岩尾のガラン地に植えたのが始まり」と伝えられている。その土地・土地には風土や気候に適した農作物が収穫されるが、この辺りも筏場川からの湧水を利用してわさび田が作られた。小川のせせらぎのようにその水が階段から流れ落ちる様は、まさに人間の労働力の賜物だ。現在では中伊豆地区は栽培面積、生産量とも日本全国一を誇っている。
フランス人の食卓には、いわゆる「辛い」ものと「熱い」ものはあまり並ばない。だから激辛で汗を流しながらフーフーいう光景は見かけない。辛いといえば唐辛子のように口中を刺激するタイプやカレー・マスタード(西洋わさび)のように味付けの基本となるものがほとんどだ。だからわさびのように最初口に入れた時にはそれほどでもないけれど、次の瞬間に鼻孔から頭にかけて激震が走るという辛さに彼らは驚き、新しいサンサション! (刺激) を見出したのだろう。今、フランス人シェフたちの間では、その「鼻に抜ける辛さ」がブームのようだ。しかし、残念なことに市販されているものの多くはチューブに入った超辛、それはすでに辛さの次元をとっくに超えた宇宙的未知の辛さだ!
冒頭の「WASABI」という映画に話を戻せば、広末涼子演じる初々しい一見か弱い日本人女性、しかしイヤイヤ、そのマンガチックなオチャメぶりはさすがのジャン・レノも舌を巻く・・・。実はこの映画の仏語のサブタイトルは” La petite moutarde qui monte au nez “ という 。訳すと「ツ~ンと鼻にくる可愛い激辛なマスタード」―――まさにWASABIとはピリっと利いたエッセンスの代名詞。そんな的を得たタイトルに、思わずフランス人のエスプリを感じるのである。
写真 紅葉が美しい「筏場のわさび田」は実に平和的な静謐な時間が流れていた!