2014.10.28
本番間際、厨房内のふたりのコラボレーションは否が応にもテンションが高まっていく。そんな二人の周りを取り囲むようにして日本人・フランス人の料理人たちが入り交じり、それぞれがそれぞれの役割を分担して粛々と料理をこなしてゆく。その阿吽の呼吸はみごと。
「クレマンティーヌ(みかん)の細胞壁の中に形成されるペクチンは酸味をちょっと加えて掻き回しながら空気を入れてあげるとゼリー状に固まるんだ。こうして出来上がったジュレはすごくさっぱりしていてる。帆立貝の中に含まれるミネラルとすごく合う。隠し味にちょっと醤油をたらしてみた。」茶筅を器用に操るマルクスさん、ご満悦の様子。
「滅茶苦茶シャイなマルクスさん。僕とは絶対に目を合わせないように静かにお話になられる。でも京都で僕の料理を召し上がっていただいたとき、食べるのがすごく早くてエネルギッシュ。食べることに貪欲なところが何かとてもうれしかったですね。」佐々木さんの一挙手一投足、すべてが絵になる。今回、器もすべてパリの物を使った。
女将さんもお嬢さんも、この日のために京都から駆け付けてきた。「子供のころから中央市場には大将に連れてってもらいました。父親であると同時に、ひとりの職人としてとても尊敬しています。」「市場に行くとみんなから可愛がられてね、小遣いもらえるんや。だから、すごくうれしそうにしていてね・・・・。」親ばかはいつになっても変わらない。
フランス人のサービススタッフたちの真剣な眼差し。大将の一語一語をノートにびっしりと書き込む女性、メートルドテルが盛り付けの特徴や酒との相性を丹念にチェックし質問している。厨房のデシャップの左右には料理班、サービス班・報道陣と、それぞれが真剣な眼差しで皿の盛り付けに集中している。厨房がひとつになった瞬間だ。
「フランスの食材は日本のそれと比べると味も食感も力強いですね。でもフランス料理にはそれが適しているのかもしれない。日本料理にはしなやかさとか繊細さが欠かせません。それは、もしかしたら食材からくるものなのかもしれないですね。」「ウナギは日本の物より大きくて身がしっかりしていますね。大の男が3人で格闘しなければさばけない。これをどうやって調理したらいいのか? 最後の最後まで悩み考えあぐねた末、素晴らしい結果をもたらした。それは、厨房にガスコンロを持ち込み、炭に火をつけ串刺しにして炭火焼にすることだった。」
「ウチで働いてくれはる若い子たちはみんな可愛いですわ。まるで自分たちの子供のよう。」目を細める女将さん。こんな優しさこそが京都の店が繁盛している理由だ。そんな優しさをパリでも発揮してくれた今回のフェア、和装姿でお客様をひとりひとりおもてなししてくれたその姿は普段の京都の店とおなじ空気がながれる。
―――『パリの秋 京都の秋 ふたりの秋』をテーマにした献立―――
澪に合わせて Amuse-bouche
吹き寄せ FUKIYOSE l’air d’automne
帆立貝 みかん、ジュレ・ア・ラ・ミニュット St Jacques,clementine, gelee instantanee
ふたりの秋 L’automne a quatre mains
白味噌仕立て オマール海老、リュタバガの含め煮 Soupe MISO blanc,Homard breton, rutabaga
天然鰻 炭火焼 カラメルソース、黒ゴマソース Anguille sauvage charbon, sauce caramel,sauce sesame noir
パリのすき焼き SUKIYAKI de Paris
ちらし寿司 CHIRASI SUSHI
甘い宝石 Pele-Mele de douceurs
マロングラッセ Marron glace, cassis
秋のささやき Mignardises
『祇園ささ木』〒605-0811 京都府京都市東山区八坂通大和大路東入小松町566-27 tel: 075-551-5000
『MANDARIN ORIENTAL PARIS “SUR MESURE Thierry MARX “』251 Rue Saint Honoré, 75001 Paris tel:01 70 98 78 88
『祇園ささ木』の大将、佐々木浩さんには壮大な夢があった。世界中のグルメが集まるパリという大きな食の舞台で包丁を握りたい。一方『ホテル・マンダリンオリエンタル・パリ』の総料理長、ティエリー・マルクスさんは大の親日家。道場に通いながら日本の屋台をはしごするのがたまらなく好き。そんなふたりの料理人を引き合わせてみたらどうなるだろうか・・・。今から一年ほど前、佐々木さんから突然、そんな相談を持ちかけられた。「どうしてもパリでやってみたい!」と。いったい、どうしたらいいのだろう? フランス人シェフとコラボレーションしたらどうだろうか? それだったら誰と組ませたらいいだろうか?
こうして、ふたりのコラボレーションが実現した。去る10月21・22日のこと。パリのマンダリンオリエンタル・ホテルのメインダイニング『シュール・ムジュール』でランチ・ディナーが開催された。3人の若手二番手を引き連れて京都からのはじめての遠征。佐々木さんがいかにこのコラボに対して熱い思い入れがあるかがこれでも伝わってくる。到着した日の翌朝、開口一番に「食材が見たい」と厨房へ。集められた食材を口にしながら段々と顔色が曇ってくる。「力強いな。弾力がある。味も濃い。手ごわいな。」と顔に書いてある。でも料理と食材は切っても切り離せないもの。その土地で採れたものから料理は生まれてくる。だからこそ私は常々フランス産の物、特にお客様がフランス人の場合「いったい皿の上に何が乗っているのか? 日本から特殊な食材を持ち込み奇をてらった料理を作っても何も感動しない。それなら誰もが毎日口にする食材を佐々木さんがどんなふうに調理するのか? 佐々木さんが作るとこんなに変わるんだ! という驚きと感動を与えて欲しい。」とお願いした。引き出しのたくさんある佐々木さんにとっては面白いチャレンジになった。メニューもぎりぎり最後に決まったものがいくつかあった。
マルクスさんは上野の道場の帰り道、屋台のラーメンやたこ焼きをつまむのが大好きだ。パリにいると”吉野家の牛丼” が時々無性に食べたくなる時がある、とまるで子供のように目を輝かせる。毎年一ヶ月間は夏休みを過ごしに日本にやってくる。伊根を訪れた時、漁師が船で直接家に辿り着けるようなこんな家が欲しいと現在物色中だとか。彼の日本歴は長い。料理人たちとの交流も深い。「トマトはトマトとしての可能性をとことん引き出すために、まずはトマトに向き合うこと。トマトにキャビアをのせて付加価値をつけてサービスすることではない。そんなことを日本の料理人から学びました。」
そのふたりが今回テーマにしたのが『パリの秋 京都の秋 ふたりの秋』だった。「京都の秋は”赤”をイメージしています。逆にパリの秋は”黄”。緑から黄色に変わるグラデーションをイメージしました。」色から入っていった今回の料理フェア。普段、お客様の前でデモンストレーションしながらのカウンターサービス形式の「祇園ささ木」スタイル。それにこだわった佐々木さんのために、今回は特別にホールにデモンストレーションスペースを設け、すき焼きや手巻き寿司を披露した。そんな佐々木さんの周りにお客さんが自分たちのテーブルから次々に立ちあがり、そして群がってきたのは想像に難くない。佐々木さんもそんなお客さんにこたえるかのように、いつものように実に生き生きと楽しそうに料理をしていたのだった。