2011.07.25

日本映画の変遷

夏になるとパリでは至る所で映画祭が開催される。ひとりの監督作品だけを追いかけたり、ジャンル別或いは俳優別に特集したりとその形態は様々だが、シネマテークのようなシネフィルのための映画館だけでなく一般の普段はメジャーな商業的な作品ばかりを上映してる映画館でも、ちょっと味のある、なかなか見られない名作が放映される。改めてフランスには映画を愛する人たちがたくさんいることを実感させられる。そんな中、「日本文化会館」でも日本映画が2ヵ月間に渡り上映された。題して『日本アートシアター特集――インディペンデントという実験』。

”日本アート・シアター・ギルド”( ATG) と呼ばれる映画会社は他の映画会社とは一線を画し非商業的な芸術的・実験的な作品を制作して日本の映画史にも多大な影響を与えたとウィキペディアには書かれている。そのATGが1962~1992年に発表した作品が監督・ジャンルにこだわらずランダムに網羅されている。日本映画を発見、または再発見するにはまたとないチャンスだ。なかでも新藤兼人や羽仁進・大島渚・黒木和雄などこのATGで育った監督たちの初期の実験的な作品などは興味深い。また”時代感”も、とても重要なファクターだ。60年代には仏のヌーヴェルヴァーグや伊のネオリアリズムなどの影響をはっきりと受けている作品や、70年代の安保闘争による過激思想的作品、80年代はバブル経済のあおりでTVが普及し、その結果、映画産業が斜陽化してより大衆路線を狙った作品など。また90年代になるとATG自体が徐々に弱体化し、92年の新藤監督の『濹東綺譚』を最後に解体していく。その時代の変遷を観ていくのもまた楽しさのひとつだ。

なかでも印象的だったのは『人魚伝説』(池田敏春)は原発誘致にからむ殺人事件を目撃した漁師が殺害され、その復讐にいどむ妻の執拗な姿、あまりにもタイムリーな内容で会場からは満場の拍手が上がるほど。また個人的には『竜馬暗殺』(黒木和雄)の原田芳雄さんの自然体な演技、それは『祭りの準備』(黒木)にも継承されている。アウトローなその姿には現在にも相通ずるカッコよさがある。奇しくも、その映画が放映された当日に原田さんが逝去された!合掌。

”映画は我が青春”を体現してきたジェネレーションのひとりとして、異国の地で味わう日本映画はまた格別な味わいがある。まだ高校生だった頃、フランス映画に並々ならぬ好奇心を抱いていた私は当時、300円をポケットに忍ばせて新宿や渋谷にふらふらとひとりで出かけては「フランス映画特集」を3本くらいまとめて見まくったものだ。あの頃は異常にフランスに興味をもっていた!そして四半世紀以上をフランスで暮らす今、今度は新たに日本という国を再発見する喜びに浸っている。

      写真  パリ日本文化会館で2ヵ月間催された日本映画特集のぼろぼろになったプログラム

vin et culture (2011.07.25)  |  未分類  | 

2011.07.23

「ドレープ」をアートに変えたマダム・グレ

「マダム・グレ」の名前を知ってる人はそう多くはいないかもしれない。しかしオーククチュールの世界ではバレンシアガやサンローラン、ジヴァンシーと並ぶ偉大なるクチュリエールだ。トレードマークの頭に巻いたターバン、きりっとした眼差し、”エレガンス”という言葉がこれほどまでに似合う女性を私は他には知らない。

78年頃、私はサンディカと呼ばれるパリのオーククチュール学校で学んでいた時期がある。マダム・グレは当時まだ健在で、時々学校にやって来ては私たちのような学生にも惜しまずにデモンストレーションをしてくれる。トワルと呼ばれる薄い布をジョリジョリと大きなハサミで切り落とし、その布をマヌカン(ボディーのこと)にどんどん巻きつけて美しく斜めにカーブさせたり無数にドレープさせたりと、その見事な手さばきはもう神業としかいいようのないものであった。オートクチュールというものがまだ世界的に絶賛されていた時代だった。

マリアノ・フォルチュニーやマドレーヌ・ヴィオネといった20世紀を代表するファッションデザイナーたちもプリーツやドレープをテーマにして服を創ってきた。その流れを受け継いでいるのがマダム・グレといってもいい。「私は彫刻家になりたかった。しかし布であろうと石であろうと、それは私にとっては同じもの。」 そんな彼女の言葉にならってか、パリのブールデル美術館では現在『マダム・グレ クチュールの作品』展が開催されている。会場内にはブールデルの力強い彫刻の脇に、ふわりとしたシックでデリケートなドレープのドレスが色とりどりに飾られている。彫刻家とファッションデザイナー、ふたりの偉大なる才能がぶつかり合いながら、その対比は見事だ。素晴らしい展覧会である。

   写真  パリのブールデル美術館を舞台に、マダム・グレのオートクチュールの世界が広がる

  

vin et culture (2011.07.23)  |  未分類  | 

2011.07.14

パリ祭の軍事パレード

恒例の”キャトルズ・ジュイエ”の軍隊パレードがシャンゼリゼ大通りで行われた。「7月14日」を意味するこの日は通称”パリ祭”の名でも知られているが、1789年に革命派がバスチーユ広場を陥落して「フランス革命」が行われた日だ。それまでの絶対王政を倒して民衆の時代に変わった記念すべき日である。

この軍隊行進、全長1910メートルもの道のりをフランスの国威を全世界にアピールするチャンスとばかりに歴代の大統領は得意満面にオープンカーでゆっくりとコンコルド広場に向けて降りてくる。しかし、今年はサルコジ大統領は神妙な顔つき。というのも昨日、アフガニスタンに駐屯中の仏軍兵士が5名、タリバンのゲリラに”カミカゼ”攻撃を受けて殉職したからだ。「軍人という職業は他のどんな職業ともちがう意味を持っている。負傷して運ばれて帰国した兵士たちを今朝、病院に見舞ったが、皆とても若く、フランスに忠誠心を誓い、これからもまた仏軍人として国に仕えたいと言っていた。」と動揺を隠せない様子。

フランスでもかつては兵役は義務付けられていたが、今ではすべて職業軍人だ。シャンゼリゼの軍隊パレードを見ていると外国人部隊や仏海外県の肌の褐色な兵士たちの堂々とした姿に改めてこの国が軍事大国であり、また軍事産業が重要かを知らされる。それは言い変えれば軍事産業を成り立たせるために軍事大国を選んだのか、それとも軍事大国だから、それに付随する産業を発展させたのか?ちょっと今、日本でかまびすしい原発の話に思いを馳せてしまう。

まぁ、いずれにしても今日はパリ祭。恒例の花火大会が今晩は全国各地で開かれる。そして明日からはバカンスに出発という人たちも大勢いるだろう。うるさいことは別にして、もっと楽しく景気よくパーっといきたいものだ。

  写真  パリ祭の軍隊パレードの予行演習をする仏海外県の兵士たち。「HAKA」と呼ばれる、ひょうきんな振り付けは、この日のために考えだされたもの。今年のオープニングを飾る。 (写真 AFP通信)

vin et culture (2011.07.14)  |  未分類  | 

2011.07.03

ヴェルサイユ市で盆踊り

ルイ14世のお膝元、ヴェルサイユ宮殿からほど近い市営の体育館で「盆踊り」が開催された。この日のために日本全国から”盆踊りガールズ”が集められ、総勢20名ぐらいがその見事な踊りっぷりを披露。粋に着流した浴衣も颯爽と、”ハァー”ではじまるおなじみの曲「東京音頭」でまずはパァッと景気づけ。一曲が終わるたびにお師匠さんが壇上に上がり踊り方を指南。すると、それまで指をくわえて興味津々に見とれていたフランス人や地元日本人もその輪に加わり、盆踊りは否応もなく盛り上がっていく。”月が出た出た月が出た~あ、ヨイヨイ”で有名な炭鉱節では女性の和太鼓奏者の威勢のいい姿も披露されて、もう踊りはピークに。会場にはこの日のためにと浴衣姿のフランス人や日仏家庭の子供たちも大勢参加した。

フランスではすでに学校の夏休みもスタートして、丁度昨日はバカンスの第一陣が出発したところ。日本よりも一足早い「お盆」に会場を訪れていた人たちは日本独特の夏の風物詩を楽しんでいた。今年は東日本大震災という悲しい出来事が起こり、亡くなられた方たちへの弔いとして例年以上に故郷のお盆の意味は深い。会場には被災された方たちへのチャリティーのための募金箱も設置され、集められた義捐金は日本赤十字経由で被災地に送られることになっている。

       写真   ヴェルサイユ市営の体育館で行われた盆踊りのシーン

vin et culture (2011.07.03)  |  未分類  | 

2011.07.01

人質のフランス人ジャーナリスト、解放

アフガニスタンのタリバンに人質にとられていた仏国営TV局「FRANCE3」のジャーナリストふたりが29日、無事に解放された。18ヵ月、547日間。その間、昼夜をとわず毎日TVのニュースで”私たちはあなたたちのことは忘れない”とメッセージを送り続けてきたから一般人にもふたりの存在はかなり知られていた。そんなニュースが全国に流れるや否やフランスがひとつになった。国会では左・右と関係なくスタンディングオーペーション、「FRANCE3」の会長は水面下で尽力してくれた関係者全員に深謝、そして何より彼らの家族は喜びの涙に肩を抱き合いながら「絶対に戻ってくると信じていた」と語った。そんな光景を見ていたフランス国民は次々にツイッターやSMSなどで感動を伝へ、ソーシャルネットワークの輪はどんどん広がり、それはひとつのムーブメントにまで発展した。昨年のあのチュニジア革命を思い出す。

フランス時間の30日、AM8時50分、ヴィラクープレーにある軍用基地に降りたふたりは家族や大統領夫妻に迎えられた後、メディアの前に現れた。かなり痩せてしまったものの547日間抑留されていたとは思えないほどのタフな姿。まるで立て板に水のごとく言葉が流れ落ちる様子をみていると、18ヵ月間拘禁されていた反動やジャーナリストとして「報告する」使命感にあふれた現代の若者そのものだった。

「拷問や殺されるといった危機感は一度も無かったが、朝から晩まで何もすることのない毎日、8ヵ月間ふたりとも別々に隔離されていたことは辛かった。・・・そして何よりもガイドとして同行してくれたアフガニスタン人の友人には、今夏フランスで是非ともバカンスを過ごしてもらいたいと心から願っている・・・・」。バカンスをご褒美に、と考えるこのふたりに「日本の記者会見では絶対にあり得ない発言。あァ、やっぱり頭の先から爪の先までフランス人なんだな!」と日本人の私は思った次第だった。

         写真      記者会見に臨む元人質のふたりの仏人ジャーナリスト

vin et culture (2011.07.01)  |  未分類  | 

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  • 南谷桂子
    vinetculture@wanadoo.fr
    フランス在住
    株式会社ワインと文化社
    代表取締役・ディレクター

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